梅が香


Chapter 3 * 2. Kondo Isao

[R] モブ沖(未遂)表現あり、要注意


頭が、ぐらぐらする。息も苦しくて、体もうまく動いてくれない。やっとの思いで重たい頭を上げる総悟だったが、あたりは真っ暗だった。

――水、飲みてぇ。

そう思って総悟が体を動かそうとするが、ギシ、と嫌な音がするだけだった。手足や体全体に、何か細いものが当たる感覚がする。あまりにも異常な感覚を覚えて助けを求めようとして声を上げようとしたが、うまく喋ることができない。言葉を紡ぐことができない総悟の口から漏れるのは、嗚咽にも似た苦しげな声だった。

何が、どうなっているのだろう。総悟は痛む頭を必死に働かせて状況を把握しようとした。

今夜は、土方の来店を待っているはずだった。しかし店主にどうしてもと頼み込まれて、宴会に駆り出されたのではなかったか。 珍しく天人ではなく、侍と思わしき地球人のお酌をしていたはずだ。

総悟は再び立ち上がろうとして体を動かそうとするが、相変わらずギシギシと嫌な音がして手足が痛むだけだった。

――縛られてる……。

うまく喋ることができないのも、口に布を咥えさせられているからだ。総悟はそれでも必死に体を動かして拘束を解こうとした。

そもそも、ここは一体どこなのか。やけに床が冷たく感じられる。自分が働く茶屋に、こんな場所があっただろうか。 いつも世話を焼いてくれる女中や、何かと総悟の機嫌を伺っては綺麗にしなさいと小言を言う店主の顔が浮かぶ。

そして、今夜会うはずだった土方の後ろ姿も――。早く、宴会から抜け出して土方に会いに行かねば。きっと、自分のことを待っているはずだ。 総悟が再び体に力を入れてなんとか立ち上がろうとした時、背後から足音が響いた。

「ん……ッ、んぅ……!!」

店の誰かかもしれない、そう思った総悟は必死で声を上げようとした。

「目が覚めたか……」

聞きなれない男の声がしたと思ったら、真っ暗な空間の床に突然辺りに光が照らされる。 ますます状況が掴めない。辺りに響く足音と不穏な気配に、総悟は身をすくめた。


    ◇


「御用改めである!」

土方の一声と共に、倉庫の周囲を固めていた隊士らが一斉に中に踏み込んだ。 しかし倉庫の中にはコンテナが積み上がっているばかりで、人の気配はない。

――ここもハズレか……。

土方が舌打ちをして、奥歯を噛みしめる。念の為、数人の隊士らに倉庫の奥まで探るように指示をすると刀を鞘に戻した。

「原田、念の為奥を探れ」

「了解」

「終、お前は俺と来い。次の倉庫を当たるぞ」

総悟が地球人の侍と思わしき人物に連れ去られたことを知るや否や、土方は人身売買の事件で調べをつけていたターミナル付近の倉庫群をしらみつぶしに当たっていた。今回の一連の人身売買の取引がどこで行われているのかまではわかっていない。そもそも、姿を消した総悟がこの事件に巻き込まれているのかも定かではない。しかし、もし拐かしに遭い地球ではないどこかに連れ去られたとなると、捜索が難航することは明らかだった。

土方はパトカーの助手席に乗り込むと、運転席に座る隊士にすぐに車を出させた。

先日陰間が失踪した時点で湯島の茶屋にも何らかの警備体制を敷いておくべきだった。総悟にも、油断するなと一言伝えておけばよかった。こんなことになるぐらいだったら、茶屋に到着した時自分で総悟を探しに行けばよかった。

油断と後悔の念で、土方の頭は一杯だった。焦る気持ちを落ち着けようと、土方はこめかみを押さえて目を閉じる。 昨晩この腕に抱いた総悟の甘い声や体の熱、柔らかな肌の感覚が蘇った。

――総悟……。

再び目を開けると、前方にはまた別の倉庫群の一角が見えた。とにかく、今は時間との勝負だ。倉庫の近くにパトカーが停車すると、土方は祈りにも似た気持ちで隊士らに指示を出していった。


    ◇


「んッ、んぅ、ん……!! んぅ!」

突然顔に明かりを近づけられて、総悟は反射的に目を瞑った。その拍子に、身動きが取れない総悟の体に男たちの手が伸ばされる。

「いい着物だなァ……」

今夜は土方に会うことがわかっていたこともあって、総悟はお気に入りの紬の着物を身に付けていた。それは以前土方と一緒に江戸のデパートへと菓子を買いに行った時に着ていたもので、思い入れのある着物の一つだった。

縄が掛けられた総悟の上半身に触れた男が、襟を無理やり開いた。

「ん……ッ」

露わになった胸元に無遠慮に触れられて、総悟が顔を背ける。 見知らぬ男の指で幾度もしつこく肌をこすられ、総悟は必死に抵抗しようとした。

「おい、売り物なんだからほどほどにしとけ。変な痕は付けるなよ」

「わかってる……」

男の手がそういう意図を持った手つきで総悟の肌を手のひら全体で撫ぜ、襟から差し込まれた手がさらに奥へと進んだ。

「結構な肌触りだ……。これは高く売れる」

「肌の滑らかさにやたらとこだわってた天人もいたからな」

――売り物。

先ほど男が発した言葉が、総悟の頭の中に鳴り響く。

もう既に売られてしまった自分を、また売ろうとしているのか――。

「んぅ……ッ」

突如、胸の敏感なところを擦られて総悟の体が跳ねた。

「こっちも申し分ねェようだ」

「ん、ん、ぅん……」

口を塞がれた総悟の苦しそうに喘ぐ声に煽られて、隣で様子を伺っていたもう一人の男の手が伸ばされた。

「体、押さえとけ」

総悟の背後にいた男が両手で拘束された総悟の上半身を押さえ込み、体が完全に固定されてしまう。縄が掛けられたまま、総悟の着物の襟が複数の手によってゆっくりとずらされていった。露わになった総悟の白い肌を目の当たりにして、総悟の胸の突起を弄っていた男たちの手の動きが大きくなっていく。

無理やり感じさせられて体の熱を高ぶらされ、総悟は必死で唇を噛んだ。同時に、いつも胸元に這わされる節くれ立った土方の指の感触が思い出されて、こぼれそうになってしまった涙を堪える。

「そろそろこっちも……」

総悟の縛られた脚をさらに押し広げて、着物の裾がめくられた。首や脇腹をさわられ、悪寒が走る。総悟の髪を結っていたかんざしが、男の手によって抜き取られた。ぱさり、と亜麻色の髪が肩に落ちる。

「いい声で啼いてくれよ」

男の手が総悟の頭の後ろに伸び、口を塞いでいた布の結び目を解いた。

「っ……!」

反射的に息を吸い込もうとした総悟の口から、引きつった悲鳴が上がる。

一人の男の手が総悟の下に伸び、秘部の周りがぐい、と押された。その拍子に、土方のためにと事前に慣らしておいた総悟の中がきゅうと締まる。

そこだけには、絶対に触れられたくはなかった――。土方以外の人間には、絶対に。

「中も改めさせてもらうぞ……」

縛られた体を必死によじって、総悟は抵抗の意思を示した。

「痛って……!」

顔に触れていた男の指にガブリと噛み付く。

「さわんなクソ野郎……」

総悟の緋色の瞳がキラリと光る。こんなところでこんな不逞の輩に辱めを受けるのなら、舌を噛んでしまった方が――。

そんな考えが一瞬、総悟の頭を過ぎった。

『そーちゃん』

自分の名前を呼ぶ美しいあの声が総悟の頭に響いた。そもそも、大好きな姉がいない世界に未練なんてないはずだ。

病に蝕まれて先が長くない姉を江戸の病院に移し、少しでも穏やかな時を一緒に過ごすという総悟の最後の願いももう叶っている。 こうして総悟が陰間になったのも、沖田姉弟の事情を察した店主が総悟の陰間としての将来性を見込んで必要な金を用立ててくれたからだった。

姉を亡くしてしばらく、総悟はまるで魂の抜けた人形のようだった。世の中の全ての出来事に関心を無くし、ただ店主に借りた金を返すためだけに座敷に上がった。

唯一の嬉しい誤算は、茶屋で土方十四郎という男に出逢ったことだったかもしれない。美味しいものを食べたり、土方の優しさに触れたり、それまでは考えられなかった出来事が次々と起こった。

特に、冬の終わりに土方と見に行ったあの梅の美しさは忘れられない――。梅の中で佇む土方の凜とした姿も、しっかりと目に焼き付いている。

土方に会えない夜、恋しいという思いを抱くようになったのは、そして、店の兄さん連中や女中たちが真選組の話題に触れる時、胸が締め付けられるような切ない気持ちを持つようになったのはいつの頃からだっただろうか。

茶屋のいつもの部屋で、煙草の煙を吐き出しながら筆を走らせる黒い背中――。

――ひじかた、さん……。

総悟は舌を引っ込めて、必死に体に力を入れて抵抗を続けた。

「ぅあ……っ……」

総悟の脚が再び大きく抱え上げられ、再び男の指で入り口の皮膚を擦られた。せめて、みっともない声を上げないように。 総悟がそう覚悟を決めて口をぎゅ、と固く結んだところで事態が急変した。


    ◇


何か重たい物が動く音が、遠くで響く。総悟の体に触れていた男たちの動きがぴたりと止まった。

「御用改めである」

その声と共に、辺りが一気に明るくなった。まばゆいライトの光に、男たちが顔を背ける。総悟も瞼を閉じて、顔を下に向けた。

「この倉庫は包囲されている。大人しく投降しろ」

声が、先ほどより近くに聞こえる。カチリ、と金属が鳴り響く音がして、床を走る足音がバラバラと鳴った。

「抵抗する場合は、容赦無く斬り捨てる」

最後のこの一言は、総悟の耳にもはっきりと聞こえた。恐る恐る顔を上げて目を凝らすと、見慣れた黒い隊服姿の男たちがずらりと並んでいる。男たちの構えている刀が、スラリと光って見えた。

――真選組……。

総悟の目は、自然と土方を探していた。

総悟の周りを取り囲んでいた男たちが離れていく。ようやく事態を把握したのか、舌打ちをしながら男たちも刀を抜いた。

一瞬、時が止まってしまったかのように静かになる。

刀を交える前から、勝敗は決している――、総悟の目にはそう映った。総悟の体を好き勝手いじっていた男たちは、全員腰が引けている。構え方がまずなっていない。

対する真選組の隊士たちには迷いが一切見えない。どこから斬り崩していけばいいものか、隙がない。

痺れを切らした一人の男が、大声を出しながら真選組に斬りかかっていった。大きく振りかぶりすぎて、隙が多い。 案の定、一番近くにいた黒い隊士に銅を横に斬られて一瞬にして体が床に崩れ落ちた。

それを合図に、他の男たちも一斉に斬りかかってゆく。刀同士がぶつかって、火花が飛んでいるのが見えた。

黒い隊服の男たちが、次々に不逞の輩を斬り倒し、または捕縛していく。その様子を、総悟はじっと見つめていた。

「どこか、痛むところはねェか」

黒服に身を包み、土方と同様白いスカーフを首に巻いた大柄な男が総悟に近付いてくる。男は総悟の体を縛っていた麻縄を断ち切ると、ニカッと大きく笑い総悟の身なりを整えてくれた。

「大丈夫……」

「ごめんな。怖かったろ。よく頑張ったな」

男は身に付けていた黒いジャケットを脱ぐと、床にヘタリ込む総悟の肩に掛けた。総悟の前で跪いたその男は、再び笑みを浮かべると大きな手を差し出してくる。

「近藤勲ってんだ。お前の名前も教えてくれるか?」

不思議と嫌な感じはせず、総悟は思わず差し出された手に自分の手を乗せた。

「そうご……沖田、総悟でさァ」

近藤が総悟の手を握り、ゆっくりと総悟を立たせた。

「もう、大丈夫だからな。心配すんな」

近藤の大きな手が、総悟の頭を撫ぜて肩に掛かった亜麻色の髪を整えてくれた。

「ひとまず、病院に行こうな。俺も一緒に行くから。そしたら――、」

突然、総悟の正面の立つ近藤の後ろから、男の叫び声が響いた。キラリと光る刀が総悟の目に入る。

――近藤が、危ない。

そう思ったら、体が勝手に動いていた。

総悟は近くで倒れる男のそばに落ちていた刀を拾った。真剣は、ずしりと重い。総悟の小さな体が近藤を押しのけるようにして前に進んだ。

相手の体は総悟よりもひと回りもふた回りも大きい。しかし、焦ってはいけない。総悟は深く息をする。

相手の振りはいちいち大き過ぎた。総悟は男の一太刀を交わして右に一歩足を進める。咄嗟に刀を返し、相手の懐に踏み込み思い切り突いた。

くぐもった声とともに、相手がその場に倒れ込む。すぐさま真選組の隊士らが倒れ込んだ男を囲み、縄を掛けた。

総悟の手から力が抜けて、乾いた音を立てながら刀が床に落ちる。

「……いい腕だ」

その一部始終を見ていた近藤が感心したように呟き、総悟の頭を再び撫ぜる。その優しい手つきに安堵感を覚えた総悟の体が崩れ落ちそうになったところで、近藤の大きな手に支えられた。

満面の笑みを浮かべるその大男は、総悟を抱えて立ち上がる。お日様みたいだ、と総悟は思った。


    ◇


「もともと俺ァあんまり気が進まなかったんでさァ。いやいやお酌してたら、その客の肴がなくなっちまったんでお代わりを取りに行こうとしたら、突然眠くなっちまって……」

「はぁ、それで?」

「んで、気が付いたらさっきの倉庫みてェなところにいて、なんかすごいことになって、そしたら近藤さんが助けに来てくれて……」

大江戸病院の個室のベッドにちんまりと収まった総悟は、その脇の椅子に座りメモ帳にペンを走らせる山崎に向かって今回の一連の出来事について思い出せる限りのことを話していた。

「その、すごいことってのは、つまりどういうことだったんですか?」

まるで掴みどころのない総悟の証言に、山崎がペンを走らせる手を止める。

「なんか、売り物だから気をつけろとか、啼き声がどうとか……、あ、あと中の具合とか。俺、腕とか体とか縛られて、あ、あと脚も。身体中痛くって……」

ごくり、とメモ帳を手にした山崎が総悟の耳に届くほどの大きな音で喉を鳴らした。

「あ、あの……やっぱりいいです。それより、もしできたらでいいので連れ去られた時の状況をもうちょっと詳しく……」

「結構きつめに縛られてたんで、体にまだ跡が残ってやすけど、お兄さん、見やす?」

総悟がごそごそと体を動かし病院の寝間着の前をはだけようするので、山崎がメモ帳を放り投げてそれを阻止しようとする。

「あ、あの、沖田さん? いきなり人前で脱いじゃダメですって……」

慌てた山崎がベッドの上の総悟にのしかかるようにして何とか総悟の腕を掴んだ。

「そうなんで? 俺、じじょう、ちょう、しゅ……? なんて初めてで……。何も隠さないで話して欲しいって、近藤さんも言ってやしたし」

二人の動きが止まったところで、病室の外から何やバタバタと慌ただしい音が響く。そして、部屋のドアが突然大きな音を立てて開かれた。

「総悟……!!」

急いで走ってきたのだろう、そこには息を乱しながらギラついた瞳を部屋に向ける土方の姿があった。

「あ、土方さん」

「ふ、副長!」

ベッドの上の二人が、同時に声を上げる。土方は扉を開けた勢いそのままにベッドのそばに近づくと、山崎の胸ぐらを掴んだ。

「あ、あ、あ、違うんです! 決して! そんな、下心は毛頭なく!」

土方は無言で山崎の体を総悟からひっぺがすと、容赦無く放り投げる。

「うぇッ……!」

情けない声を上げながらベッドの脇に倒れた山崎が、頭をさすりながら体を起こす。

「あ……」

その目に飛び込んできたのは、ベッドの上で土方が総悟の体を胸に抱く姿だった――。どうしたものかと山崎が手を頭に触れたまま固まっていると、土方の肩に顎を置き、ぎゅうぎゅうと抱きしめられ身動きが取れなくなっていた総悟の真ん丸の瞳と視線が合う。

「……あとは、土方さんに話すんで、もう大丈夫でさァ」

ひそひそ声で山崎にそう伝えた総悟がにっこりと微笑む。

床に落ちていたメモ帳とペンを拾い上げると、山崎はなぜか顔を真っ赤に染めて病室から立ち去っていった。

「……あの、土方、さん……?」

二人以外、誰もいなくなった病室で、総悟の声がポツリと落とされる。

「そうご……」

土方が一度腕の力を緩めて、総悟の頰に口付けを落とした。すると、総悟の体が土方の手によってベットに横たえられていく。左胸付近に顔を押し付けられた総悟は再び身動きが取れなくなった。

「……」

総悟を抱く土方の体が、震えている。心配をかけてしまった。総悟は自分の胸に耳を貼り付けて目を閉じる土方の様子を伺う。少しでも安心して欲しくて、総悟は左手を土方の頭の上に置き、ポンポンと軽く叩いた。

「ひじかた、さん……」

総悟は土方の頭にそっと触れているのとは反対の手で、ベッドのシーツの上に置かれていた土方の手を握る。土方の指がぴくりと反応し、総悟の指に絡んできた。

しばらく、二人が離れることはなかった。


    ◇


「お前、真剣で立ち回ったんだって……?」

総悟の手を握ったまま、ベッドサイドの椅子に腰掛けた土方が複雑な表情で真ん丸の瞳を見つめる。

「天賦の才だとか何とか言って、近藤さんがえらく感心してたぞ……」

「え……」

近藤が自分の剣の腕を褒めてくれた事実に、総悟は単純に嬉しさを感じた。土方の手を握り返して、総悟が身を乗り出す。

「土方さんが持ってきてくれる菓子食って昼寝ばっかりしてたら、実はちょっと太っちまったんでさァ」

「……それは、すまん」

総悟が頭を横に振りながら、続ける。

「旦那様と兄さん連中に叱られて、ダイエットにいいかなって思って、ちょっと前に土方さんから借りた脇差を部屋で振り回してやした」

「……あ、そう……」

練習の成果でさァ、と言ってにこにこと笑う総悟を、土方は再び思い切り抱きしめた。