梅が香


Chapter 2 * 3. Nagusame

[R]


部屋の長テーブルの上に土方から届いた最後の手紙を置き、総悟はじっとその中身を眺めていた。 内容は、いつも通り。手短で、余計なことなど一切書かれていない。

しかし、字がいつもと異なっているように思えた。どこか焦って急いでしたためたような手跡。 忙しくて会えないのは仕方がないことだが、気持ちがざわめく。

総悟が手紙を部屋の隅ある抽斗に戻して、格子窓の戸を開ける。湿った雨が降る仲見世通りをしばらくぼうっと眺めていた。 こんな雨の日の夜は、客足が遠のく。

――ここは一風呂浴びてさっさと寝ちまおうかねぇ……。

総悟が格子戸を閉めて伸びをしたところで、女中が襖を開けた。

「あの……」

「どうしたんで?」

「さっき、裏手の通りに車が止まるのをお見かけしたんですが」

裏手通りに車を止めて店に来る客は一定数いる。

「それで?」

「薄暗くてよくは見えなかったんですけどね、多分パトカーなんじゃないかと思うんです」

「そうかィ……」

もしかしたら――。

「ちょっと、表玄関を見てきますね」

土方からの最後の文が届いてからおよそ二週間。そろそろあの人が、ここに訪ねてきてもおかしくはない。 総悟は再び長テーブルの前に腰を下ろした。

しばらく使われていない文机は、女中が毎日掃除をしているおかげで綺麗なままだ。 土方がしばらくはここに来られないことがわかっているので、総悟も筆を取ることがない。そのため墨のにおいにも、久しく接していない。

「……」

総悟はその場に体を抱き込むようにして瞳を閉じる。 今着ている長着からも、すっかり煙草のにおいが落ちてしまっている。 つい先日まで二、三日に一度は顔を見せてくれていた土方の痕跡が消えていくようで、総悟は膝を抱えた。

襖の向こうからかすかに聞こえる低い話し声に、総悟の頭が上がる。廊下を歩いていく足音も聞こえてきた。

本当に、来た――。

総悟は襖の方を向いて正座をし、そこが開くのを待った。

    ◇

雨に濡れたジャケットを脱ぐ土方を手伝い、総悟は女中が用意していった蒸しタオルを手渡す。 土方を座らせ、総悟はその後ろに立って水滴が滴る黒髪を乾いたタオルで包んだ。

「失礼しやす」

はじめは水を絞るようにして乾かしていき、最後は風呂上がりに一気に髪を乾燥させるようにして、頭全体をタオルで拭いた。

土方の隊服のベストや白いシャツに、所々擦ったような跡や血痕と思わしき染みがついている。 先ほど渡した蒸しタオルを握りしめたまま、土方は下を向いて動かない。

大きな怪我はしていないと思われるのだが、土方はいつもより口数が少ない上にうなだれるようにして座っている。

総悟はできるだけ足音を立てずに土方の正面に周り、そうっと土方の表情を伺おうとした。 顔にも汚れが付着しているのを見て、総悟は土方が握りしめたままのタオルを使って土方の頰のあたりを拭いた。

「土方さん、お湯の準備できてますんで、よかったらどうぞ。その間に着替え用意しときやす」

「……ん」

雨に濡れた体をとにかく温めてもらいたかった。

しかし土方はあぐらをかいたまま動かない。

もしかして、もう眠いのだろうか。だらりと垂れ下がった土方の手が、ぴくり、と動いた。 それを見た総悟がそばに準備していた新しいタオルを手に取る。そして正面から土方の体を包むように被せようとした。

すると、雨で湿った土方の腕がタオルごと総悟に巻きついた。 タオル越しに土方の胸に頭を押し付けられるようにして、総悟はその腕の中にすっぽりと収まる。

「あ……」

以前にも宴会で天人に付けられた傷に軟膏を塗ってくれたことがあったし、遠出の際に抱き上げられてしまったこともある。 一緒に電車に乗った時はついうたた寝をしてしまい、気づいたら土方の肩にもたれていたことも。 しかし、こんなにも土方の近くにいるのは初めてだ。 土方の体は、思っていたよりも熱く、呼吸が早かった。

総悟は土方の胸元に額を当てて、ぴたりと寄り添った。

「今日は仲間を、斬ってきた」

突然、上から土方の言葉が降ってきた。

「……左様で」

何と答えたらいいものか。総悟は迷った。仕事柄、人を殺めることもあると以前土方の口から聞いたことがあったし、 最近は店の中にいても真選組の噂は多少耳に入る。

「……近藤さんの道場時代からの仲間も、ひとり斬った」

「武州のお人だったんで……?」

総悟を抱く土方の腕の力が強まる。

「現場に踏み込むまで、知らなかったんだ……」

「……」

総悟にも、多少ではあるが剣の心得がある。同じ道場の同じ流派の仲間の結束が強いことは知っている。

「ちょっと前、法度の話をしたろ」

この部屋の文机で、土方は幾度もその内容を見返し頭を抱えながら推敲していた。

「それを破って、真選組内に敵と内通してる奴らがいた」

「……」

「部下と一緒にそいつらを斬った。昔からの仲間もろとも……」

同門の仲間を斬る重み――。総悟がいつか陰間として、仕事の一部として誰かに体を開かなければならないように、 土方は侍として、お役目として仲間を処分した。とても理にかなっている。しかし、同時に虚しさがあるように総悟には思えた。

土方の腕の力が一瞬緩む。総悟は再び土方の表情を伺おうと、上を向く。いつもの土方の顔があった。やはり、土方は侍だ。 しかし、瞳の色が濁っている気がした。どこか、何かを諦めてしまったような雰囲気を総悟は感じ取った。

「土方さんは、お侍で、真選組の副長なんでしょう」

「そうだよ……」

土方が総悟に手を伸ばした。熱い掌が、総悟の髪を梳くようににして撫ぜ頰に触れる。

「今日はそのお役目を果たした。そうでしょう」

総悟の白い手が、土方の手を包むように重なった。

「総悟」

「へぃ」

「総悟」

「……へぃ」

「総悟……」

「……」

総悟が今まで見てきた土方はいつでも優しく、そしてどこまでも公平だった。 真選組の副長としての土方のことを、総悟は知らない。知りたくても、知ることはできない。 だからこそ、土方は今日この部屋を尋ねたのかもしれない。

自分の肩口に頭を預ける土方を見て、総悟は全てを受け止めてやりたくなった。

「土方さん」

総悟はそっと自分の頰を包む土方の手を外す。 するりと土方の腕から抜け出し部屋の隅に行くと、木箱を腕に抱えて土方のそばに置いた。

「今夜は、思う存分楽しみましょう」

総悟が木箱の蓋を開ける。

「少し気持ちよくなって、眠って、朝起きたらまた元どおりでさ」

土方は、陰間の自分とは随分と違う世界に生きている。 それでも、土方が責任を果たし侍としての道を行くというのなら、総悟は陰間としての自分の役割を果たしたいと思った。

木箱の中に閉まってあった小さな壺の中に総悟が指を差し入れる。 甘い香りのするそれを指に絡めると、丹念に舐めた。そしてもう一度光る蜜をひと掬いする。

「そうご……?」

総悟は微笑むと、土方の口の前に濡れた指を差し出した。

「大丈夫でさァ。少しだけだから」

甘い香りに一瞬目を見開いた後で、土方はゆっくりと総悟の手首を掴んだ。

「総悟、お前……」

「ね、はやく。指から蜜が垂れちまう」

総悟が指を土方の唇に軽く当てた。

総悟の手首を掴んだまま、土方は舌先で蜜を舐め取る。

「……っ」

土方の舌の先端が総悟の指の腹を掠め、総悟は体を震わせた。

土方は震える総悟を目にして一瞬舌の動きを止めた。今度は総悟の指を飲み込むようにして積極的に舌を這わせる。

――どうか、うまくいきますように。

総悟の肌が粟立っていく。しかし、今は土方の虚しさを埋めてやりたい。総悟は目を閉じて息を深く吸い込み、ゆっくりと吐いた。 きっと大丈夫。この蜜は、本当によく効く――。

    ◇

総悟が、土方の両足の間に顔を寄せている。ぴちゃぴちゃと水音を立てながら、早くも熱が集まりつつある土方の屹立を舐めていた。 先ほどの蜜が効いているのだろう。土方の荒い呼吸が聞こえてくる。

土方の手が、総悟の頭を遠慮がちに抑えている。くぐもった声が聞こえてきて、総悟は単純に嬉しくなった。

固くなった裏筋を舌でなぞったり、指や手で扱くようにして擦ったり、正式に店に上がる前に仕込まれた手順で総悟は土方のモノを必死に愛撫した。

――おっきい……。

本当は口に含んでやりたかったが、総悟の小さな口には収まりきれないほどに膨張している。

総悟は土方の欲望に舌を這わせまま、蜜が入った壺の中に浅く指を差し入れた。土方の先端を舌でなぞりながら、光る指を自身の下半身に伸ばす。 ここを自分でほぐすのは、久しぶりだ。

呼吸をしながら、ゆっくりと。まずは入り口から焦らずに――。仕込み役の兄さん連中の指の感覚が思い出される。 総悟は人差し指の先端を、閉ざされていた秘部にゆっくりと押し入れていった。

「そうご……っ」

土方の手が、総悟の頭から肩に動いた。もう、いい。そう言われているように総悟には感じられた。

――そんなこと、言わねぇで。

総悟は一度指を自分の下半身から離し、土方に向き合った。

「目、閉じてくだせぇ。絶対に、見ねェで」

普段女しか相手にしない土方が自分の慣らす姿を目にしたら、いくらあの蜜の効力が強力だとしても萎えてしまうかもしれない。 それは、悲しい。

総悟は土方の胸元のスカーフをゆっくりと抜いた。

「目ぇ閉じててくれたら、絶対に大丈夫でさ」

スカーフで土方の両目を覆い隠し、頭の後ろで結び目を作る。

「おい、」

「お願いでさ。気持ちいいことだけに、集中してくだせぇ……」

総悟は再び身を沈めると、土方の先端を音を立てながら吸った。同時に、自身の秘部に一本目の指を飲み込ませる。 あの蜜で中を濡らせば、大丈夫。総悟は必死で秘部の入り口をなぞるようにして指を滑らせた。

「ん……っ」

いくら仕込みを終えた陰間とはいえ、中に指を入れるだけでも圧迫感がある。 しかし、土方のそれを飲み込むためにはしっかりと迎える準備をしなければならない。

とにかく、滑りがよくなれば――。

入り口の肉壁を擦り上げながら、総悟は指をぐるりと回す。

「ぁ……っ」

陰間の嬌声など聞いても、土方はきっと喜ばない。中を弄ると、どうしても声が出てしまう。できるだけ、静かに慣らさなければ。

総悟は土方の熱を煽りつつ、自分の中を丹念にほぐしていった。蜜の効力で、頭にモヤがかかり始めている。

なんとか複数の指の抜き差しができるようになったところで、総悟は土方の肩を掴んで後ろに倒れるように促した。

「まだ、目開けちゃダメですぜ」

土方の目が白い布にかくれていることを確認すると、総悟はいきり勃つ土方の欲望を握りその上に跨がろうとした。

「総悟、おまえ、」

起き上がろうとする土方の体を必死で止め、総悟は人差し指を土方の唇に当てる。その先の言葉は聞きたくなかった。

総悟の足が震えている。なんとか呼吸を整え、土方の先端を入り口にあてがった。

「女の人の、裡にいると思ってくだせェ」

仕込みと称して兄さん連中に体を弄られた時でも、指以外をここに迎え入れたことはない。 でも、土方のモノを何としても受け入れたかった。

「ふぁ……ッ」

痛みというよりは、挿入の違和感と圧迫感が勝った。下からも、何かを堪えるような土方の声が聞こえてくる。

なんとか先端を咥えたはいいものの、その先がつっかえてしまう。

――最後まで、迎え入れたい。

総悟は蜜の力を借りようと、畳の上にあるはずの小壺を探した。

すると、畳に横たわっていた土方が上半身を起こし、目を覆っていたスカーフに手を掛けようとする。

「だめでさ……っ」

挿入の違和感で少し萎えてしまってはいるが、総悟の花芯もすでにもう後戻りができないほどに膨れ上がってしまっている。 さすがにこれを見られたら、終わってしまう。

総悟の白い手が土方の顔に伸ばされたが、遅かった。土方がスカーフをずらして結び目を解き畳に放り投げる。

「あ……」

ぎらりと青黒い光をたたえた土方の視線が総悟に突き刺さった。

「だめ、見ちゃ……ダメでさ……、」

なんとか目を閉じてもらおうと、再び総悟が土方の顔に手を伸ばす。その手は、土方の手に絡め取られてしまった。

「あ……、」

もう、ここで終わってしまうのだろうか。自分の震える足を呪いながら、総悟の視線が落ちかける。

「そう、焦んな……」

突如土方の手が総悟の顔を引き寄せ、口付けた。すぐに総悟の唇を割って入り、土方の舌が総悟の舌をくすぐる。 その間に総悟の長着の襟が広げられ、土方の熱を帯びた指先が総悟の胸元を掠めた。

「んっ……ふ…ぁん」

息継ぎもままならないまま、総悟の息が上がっていく。土方が両手で総悟の震える腰を掴むと、揺するようにして引き下げてゆく。

「あ、ぁあ……っ」

じわじわと中を犯されていく感覚に、総悟は目を見開いた。総悟は必死に呼吸をしながら土方の首にすがりつく。

「熱いな……」

尻に、土方の下生えの感覚がする。土方の手が総悟の臀部を這うようにして触れて、割れ目を揉み込むようにほぐした。

「総悟、お前……無茶しやがって……」

土方が緩みかかっていた総悟の兵児帯を取り払い、長着の前を完全に広げさせる。 総悟の胸の先端を親指でぐりぐりと押し込むようにして刺激すると、総悟の体が喜びで震え上がった。

「ひぁ」

土方の舌が総悟の首筋を舐める。

「もう、止まれねェぞ……」

「え……」

「口、閉じてろ。舌噛むぞ」

土方の瞳が、ぎらりと光った。

    ◇

「ん、ぁっ、ぁ、ぁ、ぁん……っ、ふ……っ、ひぁ……ッ」

幾度も突き上げられ、総悟の口からひっきりなしに嬌声が漏れる。

「そーご……っ」

土方は総悟の腰に楔を打ち付けながらその小さな体を畳に倒した。 討ち入りの後に血が騒ぐのはいつものことだが、先ほど総悟の指に絡みついていた甘い蜜のせいだろうか。いつもより、我慢が効きそうにない。

「ぁ、ぁ、ぁ……」

真っ赤な瞳から涙がこぼれ落ちた。宙に浮いた小さな手を掴み、指を絡める。

「総悟……」

ぎゅうぎゅうと締め付けてくる総悟の中が、気持ちが良くないわけがなかった。 目の前の快楽だけに集中しようと、土方は半円を描くように腰をぐるりと動かしながら奥を抉る。

「ひっ……ぁん……、」

絡めた指に、力が込められる。まだ、足りない。まだ、奥を犯したい。

土方は沖田の両足を大きく広げると、再び突き刺すように腰を大きく動かした。

「はっ……っ……ぅん……ッ」

一気に締め付けが強くなる。しかし、まだ終わりにしたくない。

「緩めろ……っ、おまえ、締め付けすぎだ……ッ」

「あ、だって……わかんねぇっ、むり……っ」

顔を横に振る総悟を見て、土方は総悟の胸の先端にしゃぶりついた。

「ゃあ……っ!」

総悟の嬌声と共に、締め付けが多少緩む。それに合わせて土方も腰の律動を抑えた。 その合間に呼吸を整える。

「ちょっ、どこ舐めてんでぃ、ひじかたさんの、えっち……ッ」

「あぁ? 今更何言ってんだ。お前、この口でさっきまで俺のもんしゃぶってただろうが……っ」

再度土方の熱い舌が総悟の唇を舐めた。

体内に渦巻く欲望に駆られ、土方は再び総悟の中を突いた。 総悟の腰を少し上げさせ、先ほどとは異なる角度から抜き挿しを開始する。

――これは、やべェな……。

乾きつつある前髪を搔きあげ、土方は総悟の頰に唇を落とした。

「まだ、終わらねェからな」

再び総悟の手を掴んでやり、土方は快感を求めてひたすら総悟の中を犯した。

    ◇

    ◇

    ◇

「ん……」

下半身の違和感と、体全体を包む温かさに総悟の意識がゆっくりと浮上していく。

「んぅ……」

あたりには白いタオルが散らばっている。だるい体をなんとか起こそうとするが、無理だった。 今、何時だろうか。とにかく湯の準備をしなければ。

腰に巻きついたままの土方の腕をなんとか外そうと総悟が体をよじらせていると、さらに強く抱き込まれてしまった。

「……お前、本当に無茶しやがって……」

土方も目が覚めたばかりなのだろう、声がいつもよりぼやけている。

「ん……昨日言ったでしょう、少し気持ちよくなって、眠って、朝起きたらまた元どおりって」

昨日のあれは、もう過ぎたことだ。総悟は巻きついている土方の手を外そうともがいた。

「土方さん、湯の準備してきやすから」

昨日は布団も敷かず、夕飯を取ることも忘れてことに耽ってしまった。 女中も何かあったのかと心配しているかもしれない。

「……元どおりになんて、戻れるわけねェだろ」

「え……?」

もしかして、土方はこの部屋の契約を解除するつもりかなにかなのだろうか。総悟は不安に駆られて振り向こうとした。

「ん……」

総悟の髪や首筋に、土方の唇が幾度も落とされる。

「ちょっ、ひじかた、さん……?」

土方の手が総悟の顎に伸び、無理やり後方に向かされる。

「もうちょい、付き合え。お前ん中、たまんねェ……」

「へ、」

もう、あの蜜の効果は消えているはずなのに。

「ふぁ」

あっという間に土方に唇を吸われていた。身体中を這い回る土方の手と指の感触に、総悟の体もまた熱くなる。

総悟がやっと解放されたのは、日が昇り切った午後のことだった。昨日の雨が嘘のような快晴だった。

    ◇

この日を境に、部屋の衝立はなくなった。